ペストは冬、どこに潜むのか 満州で身を挺して解明に挑んだ医師

|本の詳細

ペストは冬、どこに潜むのか 満州で身を挺して解明に挑んだ医師

日本の医学史に新たな一ページが加わった‼
日本帝国主義下の満洲―
過酷な環境下でペストに苦しむ患者の救済と感染経路の解明に挑んだ医師・加藤正司の事績を辿る。

加藤 紘捷 著
四六判・392頁(H188×W130×26 530g)上製 
◆定価:本体価格 2,600円+税
◆ISBN978-4-909090-95-9 C0021
◆2023年4月25日発売
◆デザイン:Izumiya

【著者】
加藤 紘捷(かとうひろかつ)
1943年長春生まれ。早稲田大学法学部及び同大学院修士課程修了。英国Exeter 大学大学院博士課程修了、法学博士(PhD. in Law)、ロンドン大学高等法律研究所客員研究員。駿河台大学法学部教授を経て 日本大学法学部教授、比較法学会理事会監事を歴任。駿河台大名誉教授。『概説イギリス憲法―由来・展開・そしてEU 法との相克』(第2版、勁草書房)ほか多数。

【内容】
満洲ペストというと、センシティブな問題として、ペスト菌を非人道的に扱った悪名高い戦前の軍部の仕業が連想されがちだが、満洲ペストはそれがすべてではない。戦前、満洲の地で蔓延するペスト患者を前に、治療と予防、また感染経路の解明に身を挺して挑んだ医師たちがいた。その先頭に立った医師・加藤正司はペスト防疫所の所長として、他の防疫官職員とともにペスト発生地帯である広大な満洲平原に散在する村に飛び込み、身の危険を顧みず、ペストで苦しむ患者の治療と予防に献身した。
それだけではない。満洲のペストは、夏に激しく蔓延し、冬に終息するのだが、春になると再び頭をもたげ、翌夏にまた流行する。これを毎年繰り返している。加藤はペスト流行の根元は冬にあると考え、従来からの畑リス説を覆し有菌ネズミ説を唱え、半家住性ネズミが冬、この主役を演じていることを突き止めた。
しかしそれには、凍土化する冬の直前、満洲平原のペスト村の地中を深く掘り下げ、生きたネズミを捉えねばならない。とてつもない作業を伴うのは目に見えている。だが、加藤の、満洲からペストを失くしたいという情熱と炯眼に所員は誰一人協力を惜しむ者はいなかった。こうして生きた有菌ネズミの捕獲に成功し、体内にペスト菌が宿っているのを発見した。
 だからと言って、前提なしに加藤の事績を美化するつもりはない。中国の人々からすれば、如何なる立場に立つとしても、それは植民地統制の一翼を担わされたに過ぎないと思うかもしれない。
 しかし、ペスト発生の最前線に立ち、いざ医療と予防に従事してみると、そこには夥しい数の満洲農民がいて、昔からペストに苦しんでいる。本書は満洲ペストで苦しむ農民患者を救いたい、満洲からペストを失くしたい、と不屈の精神を発揮した加藤の事績をペスト近代史の一コマとして辿ることにより、終戦後帰国途上で殉職した加藤の人となり、かつ、彼の指揮の下、協力を惜しまなかったペスト防疫所の職員たちが満洲ペストの防疫にどのように従事したか、そしてペスト研究の末に得た加藤の知見の中に後世に残しうる一条の光があったのだと、読者諸氏に思いめぐらせていただければ幸いである。
なお、本書には、国立保健衛生科学院名誉院長である林謙治医師により推薦文が寄せられている。

【目次】
口 絵
推薦文 国立衛生医療科学院名誉院長 林 謙治
はじめに
★序 章
★第一章 満洲ペストは冬、どこに潜むのか―加藤正司の事績を捉え直す
○第一節 ペストの怖さ、日本ではなじみの薄い疫病
1.ペストとペスト流行
2.検疫、隔離など
3.香港ペスト流行とペスト菌の発見
4.ペストの感染経路
○第二節 満洲ペストの歴史と特徴
○第三節 満洲ペストにかかわる二つの国立ペスト防疫所の設置
1.民生部令に基づく二つのペスト防疫区
2.二つのペスト防疫所の基本姿勢と特徴
3.前郭旗とペスト防疫所の建設
4.加藤正司、独立性の高いペスト防疫所へ赴任
5.加藤の身分
○第四節 人知れず一肌脱ぐ―ペスト防疫の現場に赴く
1.乾安県におけるペスト防疫
2.“真実をあからさまに見る”
3.人手不足の中で
○第五節 加藤の生涯の研究テーマ「ペストは冬、どこに潜むのか」
1.「ペスト菌の種継ぎ越年の謎と対決する研究」に没頭 
2.感染経路の調査の重要性―加藤論考「乾安県玉字井ペスト感染経路に就て」を読む
3.楡の木の下の訓示―徹底した感染経路の調査
4.長澤医師の新たな書簡の発見と加藤の有菌ネズミ説
5.通説「畑リス説」を覆す
6.冬、原発部落の土を掘り起こす覚悟
7.保菌ネズミの捕獲に成功―歴史に残る村落「新廟」
8.ネズミの体内にペスト菌発見―所長の感が的中
9.加藤の「炯眼と情熱」が論争に結末の門を閉めた―“部落内のドブネズミを徹底的にとれ” 
○第六節 満洲ペスト防疫の苦労が報わる―酒井シヅ『病が語る日本史』に掲載
★第二章 ペスト防疫の基本理念―国家や民族を超えた仁術
○第一節 満洲ペストと保健衛生行政の最優先課題
1.医師の絶対的不足と民生部の方針
2.大同学院を通じて医師の資格をもつ人材の掘り起こし
○第二節 ぺスト防疫の基本姿勢
1.最初の赴任地へ派遣されて
2.国境なき医師団的精神―インドとの比較
○第三節 危険極まりない命がけのペスト防疫
1.行政のパートナーである藤沼氏の証言
2.加藤はペスト防疫の最高指揮官
○第四節 患者の傍に―報われるとき
○第五節 「防疫の鑑(かがみ)」
○第六節 建国十周年記念式典での表彰
○第七節 妻満の執念の始まり
1.加藤正司の論文はどこに?
2.妻満の執念
★第三章 ペスト解明を成功に導いた人間力の結実―敗戦と加藤の願い
はじめに
○第一節 加藤の不屈の精神の拠り所
1.加藤に流れる実家の伝統
○第二節 加藤の生い立ち
1.早くに親を亡くす
2.兄亮記の恩返し
3.挫折を乗り越えて
4.医者になりたい―根づいた夢
○第三節 青春謳歌―静高と茶切節そして医学部進学
○第四節 出会いの結実と渡満
○第五節 昭和恐慌と軍国時代、満洲建国へ
1.世界恐慌と満洲進出
2.政府や軍部と一線を画した大同学院の出身者たち
3.日系職員を叱る
4.満蒙開拓平和記念館と両陛下の訪問
5.敗戦と加藤の願い―リットンの提示する“世界の道”
6.語り継ぐこと
★第四章 難民救済に散る―殉難散華
はじめに
○第一節 敗戦と新京へ避難
1.ソ連軍の侵攻とペスト防疫所をあとに
2.ポツダム宣言と現地定着方針
3.内地帰還の開始とGHQとの交渉
○第二節 避難生活
1.旧満鉄宿舎で極寒の冬を過ごす
2.診療所開設と協同生活
○第三節 敗戦の中で見せた究極の救済の心
1.難民邦人と発疹チフスの蔓延
2.加藤、感染阻止に駆り出される
3.殉職に泣く
○第四節 老百姓(ラオバイシン)の味方となって
○第五節 現代中国医療に残しうる足跡として
○第六節 加藤に捧げる殉難散華
1.吉井武繁「殉職散華」
2.藤沼清「ペストと戦う」
3.医師古谷淳の弔辞―ペスト防疫所を代表して
○第七節 加藤に捧げる鎮魂歌
1.「鎮魂歌」(加藤阿幸作、七言漢詩)
2.長澤武邦訳「鎮魂歌」
★第五章 ペスト防疫所の現代的評価―人民政府要人との交流
はじめに
○第一節 慰霊の旅、実現に向けて準備
1.早く戦後を終わらせたい
2.満洲二世にとっての里帰り
3.戦後の中国は近くて遠い
4.慰霊の旅の誘因 ① 興福寺を訪れて―阿修羅像
5.慰霊の旅の誘因 ② ドキュメンタリー映画『葫蘆島大遣返』を観て
6.慰霊祭はまかりならん
7.非公式の慰霊祭の準備―日満双方の犠牲者を弔う
8.人民政府の要人との交流会の設定
○第二節 旧満洲、慰霊の旅に出発
1.北京から長春へ
2.因縁の旧大和ホテル泊
3.長春最初の朝
4.農安古塔の前で奇跡
5.農安でネズミ捕獲器を土産に
6.ペストの温床だった白酒工場の見学
○第三節 前郭旗人民政府との交流会の実現―防疫所の足跡を伝える
1.前郭旗人民政府要人との交流会
2.(旧吉林省)ペスト防疫の事績を伝える(スピーチ)
3.前郭旗人民政府を訪問
4.乾安県に足を延ばす
○第四節 長春別れの朝、慰霊祭を決行
○第五節 国破れて山河あり―慰霊の旅を終えて
1.「きずな」(加藤満)
2.「慰霊の旅有情」(加藤阿幸)
★第六章 ペストを越えて語り継ぐ
はじめに
○第一節 中国、葫蘆島から佐世保港へ
1.南新京、錦州、そして葫蘆島港へ
2.医師は足止めされる
3.幼子の苦難―コーリャン飯と最後の徒歩行
4.帰還の際の所持金と所持品
○第二節 医師の留用―現地に伝えられた知見
1.医師の留用―誰が得た知見か
2.加藤正司の知見の特定化
○第三節 葫蘆島から祖国上陸を果たすまで
1.帰還船とミルトンの煉獄の苦しみ
2.祖国上陸第一歩
○第四節 満洲二世に残る軍国時代の後遺症
1.異邦人意識を味わう
2.満洲二世に残る後遺症―語る山田洋次監督となかにし礼 
3.内地で味わう不条理と五木寛之が語る救済の道
4.中国東北部での『寅さん』放映と責任二分論
5.帝国主義の罪
6.軍国主義の息苦しさ
★最終章(結びに代えて)
参考文献
あとがき
英文アブストラクト
巻末資料 
加藤正司医師がわれわれに残したもの
    国立衛生医療科学院名誉院長 林 謙治
     
◎奥付情報
印刷・製本 亜細亜印刷株式会社
初版発行 2023年4月30日